2023年12月30日土曜日

どこから時間を捻出するか? 『ISO通信』第90号

 ドジャーズへの移籍が決まった大谷翔平選手のロングインタビュー(1224日のNHKスペシャル)を見逃し配信で観ました。途中で、AIを搭載した最新のピッチングマシンを使用してバッティング技術の向上に努めている様子が紹介されていました。このマシンはメジャーリーグに在籍している850人以上の投手のフォームをスクリーンに写しながら、それぞれの投手がどのようにボールを握っているかまで再現し、同じ球筋のボールを投げることができるそうです。普通の打者はマシンの中の打撃ボックスに立って実際にボールを打つのですが、大谷選手は打席に入らずに投手の映像と球筋を見ていました。そして「後ろや横から見ているのがいちばん感覚的にはよかった」と語っています。 

番組の最後の方でマシンの開発者が登場し「このAIマシンを使えばすべての打者が最高の選手になり、野球が偉大なスポーツになるんだ」と語っています。開発者としての思いは理解できますが、すべての打者が最高の選手になったら、同時に全員が標準のレベルになってしまうとも言えます。実際には、新しいマシンを使いこなすことができた選手ほど高いレベルに到達できるはずで、それができるのは大谷選手などのごく一部の選手に限られるのだろうと感じました。マシンと向かい合う時間を捻出することができる選手は、ほんの一握りだろうと想像したからです。これまでに利用していたマシンを最新のAI搭載マシンに取り換えるだけでも効果はあると思います。しかし850人の投球フォームやパターンを頭に入れようと思ったら、膨大な時間が必要になります。食事したり、睡眠したりする時間以外は常に野球のことを考えている選手なら、AIマシンを使う時間をひねり出すと思いますが、遊びや息抜きの時間も大切にしている選手が、その時間削ってAIマシンと向き合うようになることは簡単ではありません。 

と、ここまで書きながら、天に唾しているような気持ちになりました。昨今よく言われる「リスキリング」も同じようなことかもしれません。私も遊びや息抜きの時間を大切にしている普通の社会人です。ビジネスの中でAIを活用する場面がじわじわと増えていると感じますが、遊びの時間を削ってAIについて学んだり、リスキリングに励んだりすることは大変です。スポット的に時間を削って遊びを我慢することはできても、継続的に時間を確保するには覚悟が必要です。

プロ野球選手が最新のマシンを活用して練習することは、リスキリングではなく通常業務の延長線上にある改善活動に近いかもしれません。リスキリングにしても、改善活動にしても、新しい方法やツールが出てきたら「しばらくは〇〇を我慢して取り組もう」と決意する必要があります。(〇〇に当てはまる言葉がさっと頭に思い浮かび、葛藤して悶絶している自分まで想像できてしまいました。)新年の目標は「克己」と「実行」になりそうです。

好きか、得意か、燃えるような情熱か 『ISO通信』第89号

以下の内容は2023年11月に投稿しようとしたものです。(11月にBloggerのサイトにアクセスできなかったため、89号を2023年12月30日に投稿しました。同じ内容を2023年11月29日にNoteにも投稿しています。)

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 「数字に強い、という理由で経理が長くなりましたけど、特にやりたい仕事ではなかったのです。でも得意ではあるんです、経理は」

転職相談でAさんから聞いた言葉です。Aさんはキャリアチェンジすべきか、経理の仕事を続けるかで悩んでいました。

Aさんは新卒で自動車部品メーカーに入社し、経理部に配属されました。そして自分が経理に向いていることを自覚し、会社からは経理の中核人材になることを期待されている、と感じているそうです。
「経理は嫌いではないのですが、私は営業をやりたいと思って入社したのです。しかし、今の会社では経理部から出してもらえそうにありません」
Aさんの言葉に対して、私は以下のように答えました。
「今の会社で経理として高く評価されているのに、転職してしまうのはもったいないと思います。しかし『好きなことと得意なことのどちらを優先したらいいですか』と聞かれたら、私は、好きなことを優先して欲しいと思うタイプです。ただし、好きなだけでは年収は下がるかもしれません」
営業が好きだとしてもセンスがなければ、高い成果を上げることはできません。その場合、経理の仕事を続けた方が役職や等級を上げやすくなるので、年収にこだわるのなら、経理から離れることは得策ではありません。私はAさんに
「営業するとして、商材はどんなものを扱いたいのですか」
と聞いてみました。
「一般消費材が面白そうですが、自動車メーカーに対する営業の方がイメージはしやすいです」
「自動車部品に対する愛着はありますか」
「あるような、ないような。でも最終製品の営業の方が楽しそうな気がします」
そのあと私は、Aさんにいくつかの質問をしました。
・どんな商材の営業だったら、燃えるような気持ちになれそうですか。
・それとも漠然と営業してみたい感じですか。
・自分は経理が好きだ、と自己暗示をかけたら、本当に好きになる可能性はありますか。
そうして1時間ほど会話を続け、面談の最後にAさんは言いました。
「なんとなく見えてきました。今日はいい壁打ちができたので助かりました。ありがとうございます。転職ありきではなく、現職に残ることも含めてもう一度考えてみます」

しばらくしてAさんから
「もう少し今の会社に残って頑張ります。燃えるような気持ちになれるものが見つかるまで、真剣に経理と向き合ってみます」
と連絡がありました。転職相談は無料なので、Aさんとの会話で私が対価を得ることはありません。しかし、このような言葉をもらうとエージェントとしての価値を提供できたと感じて嬉しくなります。
得意なことに真剣に向き合い、燃えるような気持ちになれるのなら、それをキャリアの軸にすべきだと感じました。

好きなことや得意なことが見つからない人もいると思いますが、今の仕事と真剣に向き合ってみると、何かが変わるかもしれません。