2021年8月29日日曜日

「逃げの転職」は早まらずに。 『ISO通信』第62号(2021.8.29)


 「社長がワクチン接種を強制しようとしていますが、私はワクチンを打ちたくないと考えています。それで転職を考えるようになりました」

転職を考えている理由を質問すると、Aさんは上記のように答えました。Aさんはオーナー社長の下で働く中堅社員です。これまでは社長との関係も良好だったそうで、転職すべきか残るべきか悩んでいました。 

厚生労働省は「ワクチンの接種は強制ではなく、あくまで本人の意思に基づいて受けるもの」と説明しています。

私自身は、ワクチン接種の推進がコロナ感染の収束に寄与すると考えていますが、打ちたくないと考える人の気持ちも理解できます。Aさんは逆に「私はワクチンを打ちたくないのですが、ワクチンで感染が収まると考える人の気持ちも理解できます」と言いました。そしてAさんは、「お互いの考え方を尊重し合えるなら、私も転職を考える必要がないのですが、社長はワクチン接種を強制しようとするのです。その理由は、お客さまに対して『わが社の社員は全員がワクチン接種をすませています。だからできるだけ、営業マンの訪問を許してやってください』と言いたいからだそうです。理屈としては分かりますが、ワクチンを打ちたくないと思う私の気持ちと折り合いがつかないのです」と続けました。

Aさんがワクチンを接種したくないと考える理由をブログに書くことについて「個人の特定につながらない書き方であれば」ということで許可をもらっていますので、もう少し事情を説明します。

 理由について、Aさんは以下のように発言しました。

「妻がワクチン接種を強く拒否していて、彼女の話を聞くうちに自分も打ちたくないと考えるようになりました。妻が示してくる『科学的根拠』について、最初はどうも怪しいと思っていました。しかし、妻の意見を無視すると家庭の平和を維持できないので、妻が根拠としている情報に目を通すようになりました。『ミイラ取りがミイラになる』じゃないですけど、やがて私もワクチンが怖くなってきたのです」

なるほど、そういうことはあるかもしれません。しかし一方で、Aさんは、社長の経営姿勢に関して、ワクチン接種を強制的に進めるような強引さが、これまでは会社の成長の原動力にもなってきたと評価しています。

Aさんと話をするうちに、本心としては会社に残りたい気持ちの方が強いと感じましたので、私は「無理に転職せず、社長に理解してもらう方法はありませんか」と聞いてみました。

答えの代わりに「エージェントさんからみて、私は転職しない方がいいと思いますか」

とAさんから逆に質問がきました。 

転職には「攻めの転職」と「逃げの転職」があると私は考えていて、Aさんの場合は「逃げの転職」をせずともよい段階のように感じました。

攻めの転職は「もっと活躍するために、違う会社で勝負したい」などの気持ちが強いケースで、逃げの転職は「ここから逃げ出さないと心身の健康を守れない」と判断して職場を変える転職です。

ハラスメントが放置されている職場やコンプライアンス違反がまかり通る職場においては「逃げの転職」を決断する必要もあります。しかしAさんの場合は、社長と話し合うことでお互いが理解できる余地があるような気がしたので、それを伝えました。 

後日、Aさんから「妥協点が見つかったので、今回は転職を控えることにしました。磯さんのビジネスとしては、時間の無駄だったかもしれず、申し訳ありません」と連絡がきました。このようなメールをもらったときは「いつか、Aさんが部下を探すことになったら、そのときにお手伝いさせて下さい」と返信しています。実際に、数年後に連絡をくれる人もいて、すべての仕事が無駄ではないと思っています。 

どんな仕事でも短期的な利益を確保しつつ、長期的な視点も意識する必要があるのではないでしょうか。