とAさんは言いました。
転職支援の面談では辞めようと考えている理由を必ず尋ねます。
そしてあるときAさんから冒頭のような理由を聞きました。
Aさんが勤めているのは中規模のオーナー系企業で、30年以上の歴史があるしっかりとした会社です。その会社の社員はボランティア活動で公園の掃除などもしていますが、それを“強制”と感じる社員もいれば、社会貢献の一つと思って嬉々として行っている人もいるそうです。
オーナーでもある社長はいつも「世のため、人のため」と言っていて、事業もボランティア活動も大切にしているのですが、ボランティア活動への積極的な参加が人事考課に影響するようになると社員にとっては仕事と同じになります。
カリスマと呼ばれるようなトップは、経営理念やヴィジョンを社内に浸透させる力も強く、トップの考え方に心酔している社員がたくさんいる企業は業績も上がります。Aさんの会社では職場の改善活動なども盛んで、社内のイベントで表彰されると報償金の他に会社のロゴマークがついたクリアファイルケースがもらえます。ロゴマークのついた備品は他にも配布されているのですが、通常はクリアケースを手に入れることはできません。それをもらって「レアもの、ゲット!」と喜ぶ社員もいて、そのときAさんは
「完全にいっちゃってるわ」
と思ったそうです。
宗教チックなコントロールをしようとする会社を嫌う人の気持ちもよく分かりますが、トヨタに勤めている友人は「うちにもそれに近い部分はあるよ」と言って次のように続けました。
「本社にいると、世界の中心が三河だと思ってしまうことがあるからね。『三河』っていうところがミソで、名古屋に出ただけで『世界の中心が三河のわけないよな』と気づくんだけど、本社にいると三河が世界の中心のように思えちゃうんだよね」
それを聞いたとき、トヨタ自動車の社員が三河を世界の中心だと考えるメンタリティーは「あり」だと感じました。
シリコンバレーが世界の中心だと考えるアップルの社員がいても、不思議ではありません。トヨタに勤める友人と「レア物、ゲット」と喜んだ社員には「愛社精神」的な部分では共通項があります。
「愛社精神」を会社が強要するとAさんのように逃げ出そうとする社員が出てくることになります。しかし経営者は、できるだけ多くの社員に愛社精神を持って欲しいと考えています。
愛社精神で社員を盲目にし、安い賃金でたくさん働かせようと考える会社はただのブラック企業です。しかし、社員が自然に愛社精神を持ってくれたなら、チームとしての力は高まります。一方、従業員の立場で考えると「愛社精神」はなくても、自分の仕事を好きになることは重要で、それがないと給料をもらうためにやらされているだけ、という状態になってしまいます。逆に仕事が好きになれば、創意工夫する意欲もわいて成果も上がるようになります。
どうすれば、自分の仕事を好きになれるのか。
答えの一つは、達成感を得られる仕事をすることです。
また、自分の責任に帰結する仕組みがあれば仕事に面白さを感じることができます。
成果を上げれば給料が増え、失敗すれば減給になる。報酬の増減は責任の取り方としては分かりやすいのですが、成果と報酬をリンクさせにくい職種もあります。例えば経理部門のスタッフが伝票の処理を正しく行ったというだけの理由で賞与が増えることはありません。
しかし、自分が処理した伝票の意味を知ることができれば「達成感」を得やすくなります。営業部員がお客さんを接待した際の領収書を処理するときに、その接待が必要な背景を質問したり、より効果的にもてなすために「こんなお店を使ったら、もっと喜んでもらえるのではないですか」と提案できたりすれば、機械的に伝票を処理するよりも仕事は楽しくなるはずです。
「いい店を教えてくれてありがとう。お客さんも喜んでいたよ」
その一言があれば、伝票処理にも達成感が出るはずです。
マネージャー以上の人なら、部下が達成感を得やすい仕組みを作ることで、職場を活性化できるのではないでしょうか。