クーラー戦争とは、職場におけるクーラーの温度設定権を巡る争いのことです。クーラーの設定温度が26度のときに快適と感じる人もいれば、それでは寒いと思う人もいます。
ここでは仮に26度派と28度派の二つのグループがあるとします。部長と課長が26度派で次長と係長が28度派の場合、部長がいるときは26度になり次長以下だけが在席しているときは28度になります。
役職の序列と設定温度がサラリーマン的に分かりやすい関係になっているとき、「権限」と「パワー」の関係に乱れは生じていないと言えます。権限というのは組織から公式に与えられている力です。上司の業務命令に従う義務があるのは、上司が公式の権限を持っているからです。
一方で公式の権限とは別に存在する力を「パワー」と呼ぶことがあります。
例えばクーラーの設定温度に関して、部長が不在の時に次長が28度に切り替えたのに、課長が勝手に26度に戻してしまったとします。これは“仕事に関しては次長の命令に従うけどそれ以外のことは自由にやらせてもらうよ”という課長の意思表示です。この場合、パワーに関しては次長よりも課長の方が強いと言えます。
「おつぼね様」と呼ばれるような人がパワーを持っているケースもあり、飲み会の店に関してはお局様の意見が最優先されるという職場もあります。
ある人がパワーを持つに至った経緯は「面倒見がいい」「会議での発言がいつもするどい」「権限はなくてもリーダーシップを感じる」などのポジティブな原因であることもあれば、「声がでかい」「態度がでかい」「いつも不機嫌な人に気をつかっているうちになぜかそうなってしまった」というケースもあります。
不機嫌な人や威張っているだけの人がパワーを持ってしまうと、職場に冷たい空気が流れ始めます。マイナスオーラのパワーを持っている人は不満分子や気の弱い人を自分の側に引き入れて組織内での影響力を拡大しようとします。
そちらのグループに入ってしまうと本来の権限者のダジャレに愛想笑いしただけで睨まれてしまうこともあり、職場の雰囲気はさらに悪くなります。組織内のメンバーが無駄な話をせず、黙々と仕事をしている状態は効率がいいようにも思えますが、常に暗い雰囲気の職場では、それぞれの構成員が知らぬ間にストレスを受けています。そしてダジャレの一つも飛ばないような職場では、斬新で楽しいアイディアは生まれません。
パワーを持っている人が不機嫌に振る舞うのは、多くの場合、自分が正当に評価されていないと感じているからです。本来なら権限を与えられるべき実力があるのに「入社年次が遅いから」「女性だから」「上司のお気に入りじゃないから」などの理由で昇格できていないと考えると、クーラーの温度にまで気を遣っていられません、という気持ちになります。
もしあなたが権限とパワーの両方を持っているトップなら、クーラーはいつも快適な温度に設定され、飲み会の場所もあなた好みの会場が用意されているはずです。すると組織内のクーラー戦争に気づかず、職場がぎすぎすとした雰囲気になっていく過程を見落としてしまうかもしれません。
ある外資系企業のトップに話を聞いたとき、この人はパワーに関しては自分が一番下になるように設定しているのだな、と感じたことがあります。部下が快適と感じる温度にクーラーの温度を設定したり、飲み会では担当者や若手にビールを注ぎながら気軽に声をかけたりということができる人でした。
「社長の仕事で重要なのは決断することと、社員が気持ちよく働ける環境を作ることの二つです」
という言葉に十分な説得力がありました。
クーラーの温度なんてどうでもいいことのようにも感じますが、ちょっとした観察や気遣いで職場の雰囲気を大きく変えることもできるようです。