「社長のことを、私の労働力を買ってくれるお客様だと思っています」
ボス・マネジメントという考え方がありますが、ここまではっきり言う人に会ったのは初めてでした。
ボス・マネジメントとは、自分の仕事をスムーズに進めるために、うまく上司をコントロールすることで、上司から適切な指導や支援を受けることができれば仕事の成果は上がり、自分の成長も加速します。
上司を顧客と思って付き合うこともボス・マネジメントの一つだそうですが、普通のサラリーマンの場合、上司が直接、自分の労働力を買っているわけではありません。
今回は冒頭の発言の主をSさんと呼ぶことにします。Sさんはオーナー社長の参謀的な立場で働いている人で、上司が自分の労働力を買っていると実感しやすい立場にあります。
「物を買うときに、性能や機能ではなくて、自分が好きな方に高いお金を払うことってありますよね。経営者が労働力を買うときにもそれはあるのだと思います。好き嫌いで人事評価をしてはいけないことになっていますが、好き嫌いも評価の重要なポイントの一つだと認識していた方がいいと思います」
自分の労働力を高く買ってもらうために、経営者好みの働き方をする。
自分らしく働くことが大切にされる時代とは逆行するような考え方に見えますが、Sさんは上司をコントロールして、いつかトップの座に就くことを一つの目標にしていました。
「いずれ私も自分好みの労働力を買う立場になりたいと思っています。そうすればもっといい経営をする自信はあります」
Sさんは、オーナー社長の直下で働くなら、独裁的・独善的なリーダーシップをうまくフォローする必要があると考えていました。Sさんの上司である社長は、部下を激しく叱咤することも多いそうで、他の経営幹部が委縮してしまっている状態を「もったいない」と表現しました。
「私は社長が好む労働力を提供することを意識しているので、叱られる回数は少ない方です。他の幹部からは『太鼓持ち』に見えているかもしれませんが、部下からは信頼されている方だと思っています。私ごのみの労働力は、自分で考えて行動し、チャレンジングな失敗を成長の糧にできる力ですから」
Sさんは今の会社でも社長を目指しているのですが、オーナー社長が引退する時期を読めないため「小さな組織でもいいので、経営トップのポジションがあれば、転職も考えたい」ということでした。
強烈な個性を持っているオーナー社長や上司を部下の立場からコントロールすることは容易なことではありません。しかし思考を停止して上司の指示を待つだけになってしまったのでは、仕事はつまらなくなるばかりです。その上、指示された通りに動いたのに失敗すると叱られるという理不尽なことも起こります。
自分の労働力のエンドユーザーは顧客企業や一般消費者なので、上司だけを顧客であると考えると、ただのオベンチャラ社員になってしまいそうです。しかし上司との関係に悩んでいる人は、上司をわがままな顧客の一人と考えれば、ストレスが少しは減るかもしれません。
上司という顧客の満足度を高める手段が全面な従属とゴマすり以外にない場合は、異動願いを出すか転職を考えた方がよさそうです。